小菊の怪談・オカルト日記

怪談や都市伝説などのオカルトを主として更新しています。

カテゴリー:世界の怪談

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スレンダーマンの話


お久しぶりでございます。小菊です。
前回の更新から約半年ほど経ってしまいました…。私、ちゃんと生きてます!
私生活の方が少し落ち着きを取り戻したので、更新したいと思います…!

今回はですね、すごくオーソドックスに走ってしまったのですが、「スレンダーマン」についてです。

スレンダーマンとは、海外の都市伝説でですね、「見ると死ぬ」「写真で一緒に写ってしまったら気がおかしくなってしまう」といった、日本でいう「くねくね」と似たような存在です。
スレンダーマンは、異常なほど細く、スーツを着ていて、顔はのっぺらな男の風貌をしているそうです。

この話、元々はアメリカのサムシング・オーフル・フォーラムという日本では2ちゃんねるのようなサイトで「パラノーマルな画像を作り出そう」というスレッドが立ったそうです。そして、その2日後に、このスレッドに書き込んでいた「ビクター・サージ (Victor Surge)」という利用者が、子どもが遊んでいる画像に、黒い背広を着た長身で異常なほどやせた男の人物像をコラージュした白黒の画像を投稿したそうです。最初の投稿は、写真だけでしたが、その後彼は、まるで子どもたちが誘拐される様子を見ていた目撃者の証言のような文章を書き込み、この男に「スレンダーマン(痩せた男)」という名前を付けたそうです。

その文章がこちら↓

We didn't want to go, we didn't want to kill them, but its persistent silence and outstretched arms horrified and comforted us at the same time…

1983, photographer unknown, presumed dead.

訳:私たちは行きたくなかった、私たちは彼らを殺したくなかった。しかし、アレのいつまでも続く沈黙と伸ばされた腕は私たちを怯えさせたと同時に安らかにもさせた。
1983年 撮影者は不明。撮影者は死亡したと推定される。

One of two recovered photographs from the Stirling City Library blaze. Notable for being taken the day which fourteen children vanished and for what is referred to as “The Slender Man”. Deformities cited as film defects by officials. Fire at library occurred one week later. Actual photograph confiscated as evidence.

1986, photographer: Mary Thomas, missing since June 13th, 1986.

スターリング・シティ図書館の火事の現場跡の写真2枚のうちの1枚。注目するべきところは、14人の子供が失踪した日に撮影されていることで、”スレンダーマン”と称される男が写っている。事務所はフィルムに欠陥があったと述べている。図書館の火はその一週間後に起こった。写真は現場の証拠になるものとして押収された。
1986年 撮影者メアリー・トーマス 1986年6月13日失踪

※訳はwikipediaを参考に訳してみました。

サージのこうした追記により、これらの写真からまことしやかな噂がつき、サージからその後の投稿者はスレンダーマンに様々な設定を付け足していきました。

その後、このスレンダーマンはウイルスのようにたちまちネット上に広がり、都市伝説として恐怖の対象となりました。アメリカでは、超常現象や陰謀論を扱うラジオ番組にスレンダーマンについて尋ねるような投稿が寄せられたり、Youtubeにはスレンダーマンが登場する自主製作映画が投稿されるなど、多くの反響を呼びました。

ネットゲームがあるのも有名ですよね。スレンダーマンから逃げるという主旨のゲームはシリーズ化されています。

ただ、これは製作者によってまちまちであるため、一般的な要素は同じであるものの、全てが固定というわけではないようです。

スレンダーマンの主な基本設定
・異常に背が高く、痩せている
・のっぺらぼうな顔で白い
・スーツを着て、ネクタイを着用
・手足が長く、触手があることもある
・森とつながりがあり、瞬間移動の能力を持つ
・触手で威嚇してくることもある

そして、注目するべきポイントは、「スレンダーマンの近くにいるとスレンダー病という病気になり、偏執、悪夢、妄想に襲われ、鼻血を出したり、血の混じった咳を吐く」そうです。

なお、サージが作った写真は検索すると出てきますよ。私もパッと見て本物じゃないかと疑ったほどリアルな写真でした…。

スレンダーマンの話は以上になります。短い更新でした…。
Twitterでもつぶやいたのですが、今やっているフリーゲームの実況をやってみたいなーと思っているので、そのうちアナウンスできればと思います。

それでは今日はここまで。以上、「スレンダーマンの話」でした。

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続 イギリスの心霊事情


こんにちは。小菊でございます。

やっと色々なことが落ち着きつつあるので、更新したいと思います。
今回のテーマはですね、「続 イギリスの心霊事情」です。
過去にイギリスの心霊事情を書いたと思うのですが、今回はその続編でお送りします。
そして、この更新に合わせて、いくつか参考資料も手元にあるので、それも最後にご紹介しますね。


さて、過去の「心霊都市・イギリス」「イギリスの心霊事情」という記事でも書いているのですが、イギリスは日本と違い、いわゆる事故物件(何らかの理由により人が亡くなっている部屋のこと)は高値で取引され、店やパブなどでは(実はパブに出没する幽霊は結構います)堂々と宣言をしているぐらい、幽霊が身近にある国です。それが怖いと思うかは別としてですが。

その土地に伝わる怪談話が何の関係もない地名とイメージづけられるのはよくあることです。
しかし、地名・土地=幽霊というイメージが成り立つことは何もイギリスだけではありません。
日本でも、四ッ谷怪談=東京の四ッ谷と思い浮かべますよね。

実際、日本では四ッ谷怪談でおなじみ「お岩さん」が祭られている「お岩稲荷」がある土地というのは、お岩が嫁いだ田宮家の屋敷社で、その昔岩という女性が江戸初期に稲荷神社へ勧請をしていたことが由来となっています。
そもそも、四ッ谷怪談の「お岩さん」にも実在した話があったそうで、それが元で作られたようですね。
実在した話はというと、「お岩さんが田宮伊右衛門の元へ嫁いだけど、伊右衛門が心変わりして、一方的に離縁を言い渡したところ、お岩が発狂、行方不明になってしまったそうです。それから、田宮家で相次いでおかしなことが起きたために、その土地に神社を建て、祭るようになった」というのがお岩稲荷の始まりであるようです。

おっと、話が大きくそれました。このように、ただそこの土地が何の関係がなくとも、怪談の中で明確な地名が出てしまうとイメージづけになる、というのはイギリスでも同じことです。

さて、イギリスでは日本の四ッ谷に匹敵する場所があります。その名も「バークリー・スクエア50番地」。どうやら場所ではなく、建物のようですね。ここの場所に建っている建物というのは「マッグズ」という名の古書店です。
英国文学から旅行書、中世の写本から著名人のサイン本まで、ありとあらゆる古書を取り扱っています。

しかし、この古書店には多くの幽霊のうわさがまことしやかにささやかれています。
ある一家が引っ越した時には、奇妙な異臭がしたり、ときたま聞こえるすすり声が聞こえたりしていたそうです。その後、その一家が雇っていたメイドが謎の死をとげ、その後一家に来ていた姉娘の婚約者も謎の死を遂げます。婚約者は銃で死んでいたようなのですが、遺体のどこにも銃弾の痕跡が見当たらず、顔は恐怖に染まっていたといいます。
この一家が引っ越してきた後、現在の住人であるマッグズ・ブラザーズが引っ越してくるまで、何組か引っ越してきたようですが、いずれにせよ奇妙な死を遂げていたり、死ななくても何かしらの怪奇現象は起こっています。また、そこで死んだ住人が幽霊として出没するという噂も存在します。

ただ、ここで起きているのは幽霊話だけではなく、立て続けに人が亡くなっているということです。
そもそも、この建物(タウンハウスというらしい)、18世紀に建てられたとても歴史ある建物なのです。そして、ある期間イギリスの元首相ジョージ・カニングも住んでいたようです。現在は、古書店が「幽霊屋敷」として知られ、著名な古書店となっているそうです。雑誌にも特集を組まれたこともあるそうですよ。

次にご紹介するのは、セント・ジェイムズ宮殿です。バッキンガム宮殿からほど近い場所にあるこの宮殿もまた、幽霊の話がまことしやかに噂される宮殿です。この宮殿は、12世紀ごろにハンセン病患者の隔離病院として建てられたのですが、ヘンリー8世が王妃・アン・ブリーンとの住居にすべく、宮殿に作り替えました。(お気づきだとは思いますが、このアン王妃
例のロンドン塔で首なし王妃の幽霊として出没するというあの王妃です。詳しくは過去記事「イギリスの心霊事情 ロンドン塔」をご覧ください)

セント・ジェイムズ宮殿に伝わる幽霊話の王族のスキャンダルから始まったものだという説がありますが、真相は誰もわかずじまいです。

宮殿に出ると言われている幽霊の正体はセリスという男です。セリスはコルシカという土地に生まれたイタリア人でカンバーランド公アーネスト・オーガスタスという人物に使えていた男でした。しかし、主人であるカンバーランド公を殺そうとして失敗し、自室で命を絶ったそうです。危うく殺されかけたカンバーランド公というのは、イギリス国王ジョージ3世の五男として生まれ、後のハノーバ王になりました。しかし、残虐非道だという悪名が高く、少しでも気に言わないことがあると召使を殺すという記述されありました。
何故、セリスが主人を殺害するという行動に出たのか、またセリスの死は本当に自殺だったのか。その真相は闇の中です。
セリスの死後、一部の人間がセリスの死やセリスがカンバーランド公にされ続けてきたことを唱えていましたが、結局は身の程を知らなかった召使いの自殺という事で話の決着はつきました。
しかし、その直後から、「宮殿に、死んだセリスの幽霊が出る」という妙な噂が広がりました。生前、セリスが使用していた部屋にセリスと思われる男が死んだときのままの表情でベッドに背をもたれ、首は胴体からぶら下がっていて今にも落ちそうな…、まさに首の皮一枚という姿で現れるそうです。

セリスはその姿で何を伝えたいのでしょうね…?



長くなりましたが、とりあえずここで一旦切ります。
まだまだ資料がたくさんあるので、更新は続けたいと思います。

それでは、この辺で。
以上、「続 イギリスの心霊事情」でした。


参考資料 『ミステリーの都ロンドン ゴースト・ツアーへの誘い』 石原孝哉、市川仁、内田武彦
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写真の中の少女は何者なのか

こんにちは。小菊でございます。
あのきつい寒さが徐々になくなってきましたね。
このまま、あたたかくなってくればいいのですが…。


さて、今回は謎の心霊写真についてご紹介したいと思います。
まずは、その写真をお見せします。

WemGhost.jpg


正面からむかって右に、少女の姿がありますね。
この写真が撮影されたのは、今から18年前の1995年9月19日、イギリス・シュロップシャー州にあるウェムという町で起きた大きな火災が発生したときのものです。

この火災で被害にあった建物は、築数百年という歴史を持つウェムタウン・ホールとよばれる建物です。
ウェムタウン・ホールは地元でも知名度のある建物だったので、火災が発生したときは多くの地元の住人が集まりました。

その火災の様子を写真に収めたのが写真家であるトニー・オライリー氏でした。
彼が後日、この火災の写真を現像すると、上記の写真を発見し、とても恐ろしい事実に気づいたのです。
この写真を撮影したときは気づかなかったそうですが、現像した写真の中に燃え盛る炎の中に佇む少女の姿を見つけたからでした。

この写真が公開されると、"WemGhost"(ウェムの幽霊)と呼ばれ、大変な騒動になりました。

火災当時、現場には多くの地元住民をはじめ、消防士がいましたが、遺体はおろか少女の姿を見ていません。


この写真の中の少女は何者なのでしょうか。
それから様々な検証がなされたものの、「光の加減じゃないか」と言うしかありませんでした。




ところが、この写真にまつわる幽霊説を覆すような新展開を迎えます。
イギリスの地元紙・Shropshire Starの読者であるブライアン・リア氏が偶然、写真にそっくりな少女が写るポストカードを発見しました。

その写真がこちら。
wem_postcard-thumbnail2.jpg

問題の少女は正面向かって左端に写っています。このポストカードは1922年のものだそうです。
比較画像もありますので、こちらもご覧ください。

wem3-thumbnail2.jpg

よく似ていますよね。このことから、合成説が有力になったそうです。


しかし、このポストカードの中の少女もどこか生きている感じがしないように思うのは、私だけでしょうか。



今回は以上になります。
それでは「写真の中の少女は何者か」でした。
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世界中で起こった不思議な集団失踪事件

こんにちは、小菊でございます。
最近、とても天気がよくないですね。みなさまいかがお過ごしでしょうか?

さて、今回のテーマは「集団失踪事件」です。
これまで、世界中で報告されてきたいまだに解決されていない不思議な集団失踪事件のご紹介をしたいと思います。


まずは、私も以前怪奇夜行さんの番組にゲストで出演させていただいたときにお話した「ハーメルンの笛吹き男」の話。
これは、ドイツのハーメルンという町で実際に起こった事件を元にしている童話です。

物語は、ハーメルンという町がネズミの大量発生により村人がパニックに陥っている所から始まります。
しかしある時、奇抜な格好をした不思議な笛吹きの男が現れ、報酬を条件にネズミを対峙することを約束します。
約束通り男は笛を吹き、ネズミをどこかへ行かせます。ところが、村の長は約束した報酬を払うのが惜しくなり、報酬を払うことを拒否したのです。怒った男は再び笛を吹くと、村中の子供たちを引き連れ、どこかへ行ってしまう。という話になります。

この時、笛吹き男に連れ去られた子供の人数は130人といわれています。物語によっては、盲目の少年と足の不自由な少年だけがのちに帰ってくる、という話もあるそうです。

子どもの行方や連れ去られた理由については、様々な説があり、連れ去られた子供たちは自然的な要因で死亡することが決まっていて、笛吹き男という「死神」に連れ去られたのだとか、十字軍の少年兵士になったとか、東ヨーロッパで自分たちの村を作るために自分たちの意思で村を去ったなどなど…。

どんな説にせよ、理由は分からずじまいです。

実際、今でもハーメルンのある特定の通りでは、犠牲になった子供たちの哀悼の意を表して、歌ったり、楽器を奏でたりすることが禁止されているそうです。


お次はこちらも以前サイファーさんの番組にゲストで出演させていただいたときにお話させていただいた「メアリー・セレスト号」の話です。

メアリー・セレスト号は、1872年12月5日大西洋・ポルトガル沖で無人船として、発見された船です。
この船は、1872年11月7日に工業用のアルコールを積み、アメリカ・ニューヨークからイタリアのジェノヴァへ行くはずでした。乗っていたのは船長であるブリッガス、その妻ファニーと2歳になる娘ソフィアの他に、一等航海士と二等航海士をはじめ、コックと4人の水夫の計10人が乗っていたという記録がありますが、発見当時この船には、遺体はおろか誰も乗っていませんでした。
元々は、1861年に「アマゾン号」としてスペンサー島で作られましたが、作られていた当時からいわくつきだったらしく、とてつもない数の事故が起こっていたそうです。

その後、調べた結果、船長室から航海日誌が発見されました。
その日誌の11月25日の「我妻ファニーが」という謎の走り書きを最後に終わっていたそうです。

謎が謎を呼ぶような、一連の事件ですが、その翌年の1873年初頭にスペイン沿岸で2隻の救命ボートが発見され、1隻には理の遺体とアメリカ合衆国の国旗が、もう1隻には5人の遺体が見つかったそうですが、これがメアリー・セレスト号に乗っていた人物たちかどうかは分からず、結局身元不明の遺体として処理されています。

なお、都市伝説などで、残されていた食事が温かった説や救命ボートがそのまま残されていた説などは後付されたデマだそうです。

次は「ロアノーク植民地集団失踪事件」という事件です。
この事件は16世紀後半にアメリカ・ノースカロライナ州にあるロアノーク島で起きた集団失踪です。
当時、イギリスにより開拓と支配が行われていたロアノーク島に1585年から1587年の2年間、何度も開拓が試みられたものの、どれも放棄されてしまうか、開拓者が死亡するという不思議なことが起こります。
その後、それまでいた100人余りの開拓者は英西戦争のためにほとんど供給がないまま3年が過ぎました。
3年後、再びロマノーク島に足を踏み入れると、開拓者が全員消息不明になっていることが確認された事件です。

行方不明の開拓者があとから発見されることもないまま、今も行方が分からない状態にあります。
それ以来、この場所は「失われた植民地」と呼ばれ、語り継がれることとなります。



今回ご紹介した他にもまだまだ失踪事件はあるものの、私からのご紹介は以上となります。

それでは以上、「世界中で起こった不思議な集団失踪事件」でした。
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世界に存在する「幽霊屋敷」なるもの

こんばんは。小菊でございます。

今回は、世界に存在する所謂「幽霊屋敷」なるものをいくつか紹介したいと思います。

その中には、政府が公認している屋敷もあるそうですよ!



まずは、アメリカ・サンディエゴにある「Whaley ‘the gallows’ House」です。
ここは、「アメリカで最も呪われている屋敷」と言われ、アメリカ政府が「幽霊屋敷」と認定した屋敷で有名です。
始まりは、1857年にトーマス・ホエーリーという男性が、自宅を建て替えたことでした。
その建て替えた場所というのが、かつて処刑場だった場所だったのです。

それからというもの、彼と彼の家族は、謎の怪奇現象と不幸な出来事に悩まされます。
現在は、1852年にその地で処刑された、ジェームズ・ヤンキー・ジムという男性の幽霊やこの家の主であったトーマスの霊が現れるといいます。
彼らのほかにも、トーマスの母や子供の霊が走り回っているとも言われています。

そして、なんとこの屋敷、一般公開されているそうですよ。


次は、アメリカ・カリフォルニア州のサンノゼにある「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」です。
こちらの屋敷は「悪霊を惑わせるために増改築を繰り返した家」で有名です。

事の発端は、1866年に娘と夫を亡くし、悲しみに暮れていたサラ・ウィンチェスターという女性が友人の霊媒師に相談を持ち掛けたことから始まります。
ウィンチェスター一家は銃の製造などのビジネスで成功をおさめた一家でした。
霊媒師曰く、「ウィンチェスター一家が代々作ってきた銃が多くの命を奪ったため、その呪いがかけられている」ということだったのです。さらに、「彼らの魂が復讐の機会を狙っている」とも告げたのです。

これを聞いたサラは屋敷を建て、彼女が亡くなるまでの実に38年もの間、この屋敷の増改築を続けたといいます。

増改築を繰り返した屋敷の内部は、呪いからくる霊障を逃れるための隠し部屋や、通路までも作られています。

現在は観光地となり、ハロウィンや13日の金曜日に、夜の肝試しツアーが行われているそうですよ。



お次は、イギリス・エセックス州にある「ボーリー牧師館」です。
こちらは「世界で最も幽霊が出没する場所」として有名です。

その名の通り、元々はヘンリー・ブル牧師という方が自分で住むために建てた屋敷でした。

しかし、彼は屋敷で相次ぐ不可解な現象や謎の死に悩まされたといいます。
元々の目撃情報だった修道女や馬車の霊の出没やベルの音、ささやき声など、最初の時点でこれだけの現象が報告されていました。

さらに、1930年~1935年の間、ライオネル・フォスターという人物が夫妻で住んでいたそうですが、その時も状況は変わりませんでした。
報告された心霊現象は実に2000件以上!
尋常じゃないですね。

これらの現象は、1928年にエリック・スミス氏が司祭職を受け継いだ後でも止むことはありませんでした。
鳴らす人がいないのに狂ったように鳴り響く教会の鐘、ひとりでに鳴るオルガン、壁やドアから聞こえるノック、誰もいない廊下から聞こえてくる足音…。

そんな尋常ではないほど心霊現象が多発するわけとは、建てられた場所にありました。
この建物が建てられる前も、同じ場所に修道院があったのですが、ずいぶん昔にその修道院にいた修道士が尼僧と駆け落ちしようとして捕まり、惨殺されたそうです。


そこで1937年に超常現象研究者のハリー・プライスが調査と研究のために一年間住みました。
調査の間にもたくさんの怪奇現象や不可解な現象が多発したのですが、科学的な原因は解明ができませんでした。
その後、祈祷も行われたそうですが、完全になくなることはありませんでした。

結局、その2年後の1939年に不審な火事で建物が焼失し、今は何もない状態になっているそうですが、不気味な噂は絶えることがなく、ゴーストハンターたちが足を運ぶ場所になっているそうです。


ちなみに、この建物をテレビ局で取材をしたそうですが、たくさんの怪奇現象が起きた挙句に機材が壊れてしまったため(これも謎の強い電磁波によるものらしい)放送ができなかったそうです。



今回は以上になります。
今回紹介したもの以外でも、イギリスにはまだまだ心霊スポットがあるそうなので、また近いうちにまとめてご紹介したいと思います。そちらもご覧くださいね。

それでは以上、世界に存在する「幽霊屋敷」なるものでした!

プロフィール

小菊

Author:小菊
小菊と申します。

怪談をはじめ都市伝説などのオカルトが好き。
妖怪も好き。お気に入りは鬼太郎と目玉おやじ。

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